清掃業30年現場論シリーズ

「今回が最後」を繰り返す彼らと、私の葛藤。清掃業の現場で40・50代の「現実」に向き合う

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「今回が最後」を繰り返す彼らと、私の葛藤。清掃業の現場で40・50代の「現実」に向き合う

清掃業を営んでいると、切っても切り離せないのが「人」の悩みです。 毎日、現場を回すために必死で人員を確保する。その中で繰り返される「前借り」や「日払い」の相談。 40代、50代の男性スタッフたちが漏らす「今回だけは」という言葉を、私は何度聞いてきたでしょうか。 正直、嫌になることもあります。でも、突き放せない。今日はそんな経営者の「本音」を書きたいと思います。

繰り返される「前借りのループ」という現実

  • 給料日前に必ず来る「相談」のLINE

  • 「今月さえ乗り切れば」という、聞き飽きた決まり文句

  • 断れば現場が回らなくなるという、経営者側の弱み

彼らの生活は、常にギリギリです。将来の話をしても、どこか他人事。目先の1万円、千円に必死な彼らを見ていると、虚しさがこみ上げてくることがあります。

なぜ、私は彼らと距離を置きながら付き合い続けるのか

  • おまわりさん
    自分: 「もう少し将来のこと、考えたほうがいいよ」

  • 従業員
    スタッフ: 「わかってるんですけどね…今はこれが精一杯で」

こうした会話のループ。それでも縁を切らないのは、彼らが現場で流す「汗」の価値を知っているからです。仕事自体は真面目。でも、生き方が不器用。 突き放すのは簡単ですが、それでは何も解決しない。だからこそ、一定の距離を保ちながら「仕事の場」だけは提供し続ける。それが今の私にできる精一杯の形です。

清掃業のリーダーとして思うこ

清掃の現場は、建物を綺麗にすることだけが仕事ではありません。 働く人の「生活」や「人生」がダイレクトに見えてしまう場所でもあります。

嫌になることも多い。でも、この泥臭い人間模様も含めて「経営」なのだと自分に言い聞かせています。

「お金がない」が口癖の彼らが、パチンコ屋にいて、自前の道具を持たない理由

「お金が厳しいから、前借りできませんか?」 そう頭を下げてきた数時間後、パチンコ屋の駐車場で見かける彼らの車。 あるいは、清掃のプロとして現場に来ているのに、必要な道具すら「高いから」と買い渋る姿。

経営者として、一人の人間として、正直「もう嫌だ」と思う瞬間があります。

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プロ意識の欠如という壁

彼らの中には、次のような共通点があります。

  1. 目先の「楽」に逃げる: 稼いだお金は、将来のためではなくパチンコなどの刹那的な消費へ。

  2. 道具を投資と思えない: 良い道具が仕事を早く、綺麗にすることを説明しても「自分のお金が減る」ことしか考えられない。

  3. 向上心の停止: 「これくらいでいいでしょ」という妥協。稼ぐ能力を上げる努力を放棄している。

おまわりさん
道具ぐらいそろえなよ!
従業員
今月キツくて、、、

40代・50代という「残された時間」

若い頃なら「まだやり直せる」と言えるかもしれません。しかし、40代、50代。 体力が落ち、新しいことを覚えるスピードも鈍くなる世代において、「稼ぐ能力が低いまま停滞する」ことは、そのまま「生存の危機」に直結します。

たまに将来の話をしても、彼らはどこか他人事です。現実を直視するのが怖いのか、それとも本当に何も考えていないのか。

4. 結び:経営者としての「孤独な決断」

いなくなると現場が困る。だから付き合いは続ける。 でも、彼らの人生の責任まで背負うことはできない

今の私の正直な結論

  • **「まともな人(他人に迷惑をかけない人)」**が現れるまで、今は耐える。

  • **「仕事に前向きな人」**との出会いを信じて、環境を整える。

  • それでもストレスが限界を超えるなら、勇気を持って**「リリース(お別れ)」**する。

結局のところ、自分の人生をどうにかできるのは本人だけです。 私がどれだけ将来を案じても、本人がパチンコやその場しのぎの生活を優先するなら、そこにはもう、私が背負うべき責任はありません。

「嫌になっちゃう」自分を否定せず、新しい出会いのために、今は淡々と現場を守り抜く それが、今の私が下した決断です。

-清掃業30年現場論シリーズ