清掃業を営んでいると、切っても切り離せないのが「人」の悩みです。 毎日、現場を回すために必死で人員を確保する。その中で繰り返される「前借り」や「日払い」の相談。 40代、50代の男性スタッフたちが漏らす「今回だけは」という言葉を、私は何度聞いてきたでしょうか。 正直、嫌になることもあります。でも、突き放せない。今日はそんな経営者の「本音」を書きたいと思います。
繰り返される「前借りのループ」という現実
給料日前に必ず来る「相談」のLINE
「今月さえ乗り切れば」という、聞き飽きた決まり文句
断れば現場が回らなくなるという、経営者側の弱み
彼らの生活は、常にギリギリです。将来の話をしても、どこか他人事。目先の1万円、千円に必死な彼らを見ていると、虚しさがこみ上げてくることがあります。
なぜ、私は彼らと距離を置きながら付き合い続けるのか
おまわりさん自分: 「もう少し将来のこと、考えたほうがいいよ」
従業員スタッフ: 「わかってるんですけどね…今はこれが精一杯で」
こうした会話のループ。それでも縁を切らないのは、彼らが現場で流す「汗」の価値を知っているからです。仕事自体は真面目。でも、生き方が不器用。 突き放すのは簡単ですが、それでは何も解決しない。だからこそ、一定の距離を保ちながら「仕事の場」だけは提供し続ける。それが今の私にできる精一杯の形です。
清掃業のリーダーとして思うこと
清掃の現場は、建物を綺麗にすることだけが仕事ではありません。 働く人の「生活」や「人生」がダイレクトに見えてしまう場所でもあります。
嫌になることも多い。でも、この泥臭い人間模様も含めて「経営」なのだと自分に言い聞かせています。
「お金がない」が口癖の彼らが、パチンコ屋にいて、自前の道具を持たない理由。
「お金が厳しいから、前借りできませんか?」 そう頭を下げてきた数時間後、パチンコ屋の駐車場で見かける彼らの車。 あるいは、清掃のプロとして現場に来ているのに、必要な道具すら「高いから」と買い渋る姿。
経営者として、一人の人間として、正直「もう嫌だ」と思う瞬間があります。
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1プロ意識の欠如という壁
彼らの中には、次のような共通点があります。
目先の「楽」に逃げる: 稼いだお金は、将来のためではなくパチンコなどの刹那的な消費へ。
道具を投資と思えない: 良い道具が仕事を早く、綺麗にすることを説明しても「自分のお金が減る」ことしか考えられない。
向上心の停止: 「これくらいでいいでしょ」という妥協。稼ぐ能力を上げる努力を放棄している。


40代・50代という「残された時間」
若い頃なら「まだやり直せる」と言えるかもしれません。しかし、40代、50代。 体力が落ち、新しいことを覚えるスピードも鈍くなる世代において、「稼ぐ能力が低いまま停滞する」ことは、そのまま「生存の危機」に直結します。
たまに将来の話をしても、彼らはどこか他人事です。現実を直視するのが怖いのか、それとも本当に何も考えていないのか。
4. 結び:経営者としての「孤独な決断」
いなくなると現場が困る。だから付き合いは続ける。 でも、彼らの人生の責任まで背負うことはできない
今の私の正直な結論
**「まともな人(他人に迷惑をかけない人)」**が現れるまで、今は耐える。
**「仕事に前向きな人」**との出会いを信じて、環境を整える。
それでもストレスが限界を超えるなら、勇気を持って**「リリース(お別れ)」**する。
結局のところ、自分の人生をどうにかできるのは本人だけです。 私がどれだけ将来を案じても、本人がパチンコやその場しのぎの生活を優先するなら、そこにはもう、私が背負うべき責任はありません。
「嫌になっちゃう」自分を否定せず、新しい出会いのために、今は淡々と現場を守り抜く。 それが、今の私が下した決断です。